就業規則は、会社の基本的なルールを定めているものです。
では会社に就業規則がない場合違法なのでしょうか。
労働基準法は、一定の場合に就業規則の作成・届け出・労働者への周知義務などを定めています。
労働者が知っておきたい以下の5つのポイントについて、弁護士が解説します。
- 就業規則の作成義務のある使用者とは
- 労働者への周知義務とは
- 原則として就業規則を一方的に不利益変更するのは禁止
- 就業規則がない・閲覧できない場合でも労働者は権利を主張可能
- 就業規則はない・閲覧できない場合のトラブルの対処法
従業員が常時10人以上いる使用者は就業規則を作らなければいけない
労働基準法では、就業規則の作成義務について、以下の通り定めています。
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない
引用:労働基準法第89条
具体的にどういう意味か、みていきましょう。
(1)「常時」の意味は?
「常時」とは、「通常」という意味であり、一時的に1人未満となっても、常時10人以上である、といえます。
(2)「10人以上」には誰がカウントされる?
「10人以上」とは、全社の人数ではなく事業所ごとの人数であり、非正規雇用のアルバイトやパート、契約社員も含む人数です。
ただし、下請労働者、派遣労働者などは、使用者が異なります(例:派遣労働者の使用者は派遣先ではなく、派遣元の事業主)。
このように使用者が異なる労働者は、人数には含みません。また、業務委託など労働者でない者も人数には含まれません。
(3)就業規則は会社で1個作ればいい?それとも事業所ごと?
就業規則は事業所ごとに作成する必要があります。
場所的に独立していると、原則として1事業所とカウントされます(〇〇事業部など、事業の種類ごとにカウントするのではありません)。
例)埼玉県所在の本店、愛知県所在の支店→事業所数2
(4)就業規則には何を定めなければいけない?
就業規則で定めるべき内容も、労働基準法第89条の中で決められています。
(4-1)必ず就業規則に入れなければならない事項(絶対的必要記載事項)
次の項目は、必ず就業規則に入れなければならない事項(絶対的必要記載事項)です。
- 始業および就業の時刻
- 休憩時間(長さ、与え方)
- 休日(日数、与え方)、休暇
- 交代制労働(※)を適用する場合は、「就業時転換に関する事項」(交替期日、交替順序など)
※交代制労働とは、労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合をいいます。
- 賃金(臨時の賃金などを除く)の決定・計算・支払方法、締切日、支払時期
- 昇給に関する事項
- 退職に関する事項(任意退職、合意解約、解雇事由、定年制、休職期間満了による退職など)
(4-2)制度として定める場合、必ず就業規則に入れなければいけない事項(相対的必要記載事項)
制度として定める場合、必ず就業規則に入れなければならない事項(相対的必要記載事項)があります。
相対的記載事項としては、次のようなものがあります。
1. 退職手当に関すること
• 適用される労働者の範囲
• 退職手当の決定方法、計算方法、支払方法、支払時期
2. 退職手当以外の臨時の賃金等(賞与や臨時の手当など)に関すること
3. 最低賃金額に関すること
4. 労働者の食費、作業用品その他の負担に関すること
5. 安全及び衛生に関すること
6. 職業訓練に関すること
⇒訓練の種類、期間、受訓資格、訓練中やその後の処遇など
7. 災害補償及び業務外の傷病扶助に関すること
⇒法定の補償の内容、これに上積みして補償する法定外の補償の内容など
8. 表彰に関すること
⇒表彰の種類と、表彰の事由、程度
9. 制裁に関すること
⇒懲戒の事由、程度、懲戒の種類、懲戒の手続
10. その他、事業場の労働者の全員に適用されること
⇒旅費規程、福利厚生、休職、配転、出向などについて
(4-3)任意記載事項
絶対的必要記載事項、相対的記載事項のほかにも、就業規則にさまざまなことを、任意に記載することができます。
(5)就業規則の作成・届出の手続がきちんとされていなかったらどうなる?
常時10人以上の労働者を使用する会社が、就業規則を作成しない場合はもちろん、作成した就業規則を労基署へ提出しない場合も違法です。
また、使用者が就業規則を作成する場合は、以下のものの意見を聴取し、その意見を記した書面と併せて、就業規則を労働基準監督署に届け出なければなりません(労働基準法第90条)。
- 「労働者の過半数で組織する労働組合がある」事業場の場合⇒当該労働組合の意見
- 上記がない場合⇒労働者の過半数を代表する者の意見
さらに、就業規則は一定の法令・労働協約に反するものであってはいけません。
会社は労働者に就業規則を周知しなければいけない
使用者は就業規則を作成するだけではなく、それを労働者全員が見ることができるように、一定の方法で労働者に周知しなければなりません(労働基準法第106条1項、労働基準法施行規則第52条の2)。
具体的には、次のいずれかの方法によって、労働者に周知する義務があります。
- 常時各作業場の見やすい場所へ掲示、備え付ける
- 書面を交付する
- デジタルデータとして記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常に確認できる機器(コンピューターなど)を設置する
口頭説明のみでは周知義務を満たしているとはいえません。
会社は原則として一方的に就業規則を不利益変更してはいけない
事業環境の変化によって、会社が就業規則を変更しようとすることがあります。
就業規則を変更する場合も、作成の時と同様に、労働者の意見聴取+労働基準監督署への届け出+労働者への周知の手続が必要です。
ただし、就業規則は使用者が好きなように変更できるわけではありません。原則として、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働条件を変更することはできません(労働契約法第9条)。
もっとも、次の場合には、就業規則の不利益変更は認められます(労働契約法第9条、第10条)。
- 就業規則の変更に労働者の合意がある
- 労働者の合意がないが、就業規則の変更が合理的である
(ただし、労働契約において、労働者と使用者が、「就業規則の変更によっては変更されない労働条件」として合意していた部分は変更できません)
2の合理性は以下の要素を基に判断されます(労働契約法10条)。
- 労働者の受ける不利益の程度
- 労働条件の変更の必要性
- 変更後の就業規則の内容の相当性
- 労働組合等との交渉の状況
- その他就業規則の変更に係る事情
就業規則がない・閲覧できない場合にも労働者は権利を主張できる
労働基準法は「法律」であり、就業規則は単なる社内的なルールに過ぎません。そのため、就業規則の内、労働基準法に違反する部分は、無効になります。
また、就業規則またはこれに準ずるものがない場合は、基本的に労働基準法など、労働関連法規で定められた内容が当該会社での労働のルールとなります(個別の合意がある場合を除く)。
したがって、例えば「就業規則がないから残業のルールもない」というのは誤りで、労働者は労働基準法などの法律にもとづいて次のような権利を主張することが可能です。
(1)労働時間について
労働基準法第32条などで、法定労働時間の定めがあります。
使用者は、休憩時間を除いて、原則として1週間あたり40時間、1日あたり8時間を超えて労働者を働かせてはなりません。
また、休憩時間は労働基準法第34条にて、次のように定められています。
1日の労働時間 | 休憩時間 |
6時間以下 | 0分以上 |
6時間超え8時間以下 | 45分以上 |
8時間超え | 1時間以上 |
また、労使間で36協定が結ばれて労働基準監督署に届けられている場合、週40時間1日8時間以上の労働も可能になりますが、この場合にも原則として労働時間の上限が定められています。
(2)休暇について
有給休暇(労働基準法第39条)については、6ヶ月以上継続勤務して、その内8割以上出勤した場合には、一定日数(通常の場合:10日間)が与えられます。さらに1年を経過するごとに付与日数が増えていきます。
有給休暇は、正社員にもパートタイム・アルバイト労働者にも付与されますが、週所定労働日数が4日以下かつ週所定労働時間が30時間未満の場合には付与日数が、通常の場合に比べ減少します。
「会社には有給休暇のルールはないから、有給休暇は取れない」という主張は通じません。
ほかに、産前産後休暇・育児休暇・介護休暇の権利も法律で定められています。
(3)賃金支払いについて
労働者は働いた分の賃金を毎月1回以上、一定の期日に受け取る権利を持っています。
また、労働時間は原則として1分単位で計算する必要があります。たとえば、毎労働日ごとに、1日の労働時間を15分単位や30分単位などで切り捨てるのは違法です(切り上げは適法)。
また、労働者に時間外労働(残業)や休日出勤をさせた場合、使用者は基本的には一定の割増賃金を払う必要があり、この割増率の最低条件も労働基準法に定められています(労働基準法第36、37条)。
(4)安全と健康の確保について
使用者は、労働者が生命・身体などの安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をしなければなりません(安全配慮義務。労働契約法第5条)。
危険を防止して、安全に働けるよう職場環境を整えるだけでなく、
- 原則1年に1回以上労働者に健康診断を受けさせたり
- 一定の場合にメンタルヘルス対策を実施したり
する必要があります。
過剰な長時間労働を指示された結果、労働者が心身の健康を害してしまった場合も、会社の安全配慮義務違反を主張できます。
(5)退職について
労働者は不当解雇されない権利を持っています。
不当解雇とは、解雇条件を満たしていなかったり解雇の手続が正確ではなかったりと、法律や就業規則のルールに違反して、使用者が一方的に労働者を解雇することをいいます。
会社が労働者を解雇するには、厳しい条件(解雇の客観的・合理的理由と社会的相当性)をクリアする必要があります。
経営不振の場合や、けがや病気で以前のように働けなくなった場合も、使用者は厳しい条件をクリアしないと解雇できません。
他方で、労働者は自ら退職する権利も持っています。
法律上、期間の定めがない雇用契約の場合は、2週間前までに会社に退職したいといえば、退職できます(民法第627条1項後段)。
期間の定めがない場合、というのは、会社で働く期間が、あらかじめ決まっていない場合をいいます。サラリーマンの場合、期間の定めがない雇用契約であることが普通です。
期間の定めのある場合とない場合とで、法律上の退職が可能となる時期は異なります。
規則がない・閲覧できない会社でトラブルに巻き込まれたときの対処法
就業規則がない・閲覧できない会社でトラブルに巻き込まれたときには、下記のような第三者に相談することが可能です。
労働基準監督署
使用者が労働基準法などの労働関連法規に違反している場合、使用者に対し是正指導・勧告をしてくれることがあります。
労働基準監督署に動いてもらうためには、しっかり証拠を揃えてから相談に行くことが大切です。
参考:都道府県労働局(労働基準監督署、公共職業安定所)所在地一覧|厚生労働省
総合労働相談コーナー
明確に労働関連法規に違反しているのか判然としないケースでも、職場のトラブルに関し幅広く相談にのってもらえます。
また、要件を満たせば、「助言・指導」や「あっせん」(話合いの手続)をしてもらえることもあります。
弁護士
法的な観点での状況整理、今後の方針のアドバイスなどを受けることができます。
また、弁護士に依頼すると、自身の味方となって動いてくれます。たとえば、代理人として会社と交渉してもらったり、ケースに応じて審判・訴訟などの法的手段を取ってもらったりすることも可能です。
【まとめ】従業員が常時10人以上いる使用者は就業規則の作成義務あり
従業員が常時10人以上いる事業場では、就業規則を作成して届け出る必要があり、かつその内容を従業員に周知する必要があります。
就業規則やこれに準じるものがなかったとしても、労働基準法などの法律のルールが適用されます。
そのため、「うちの会社には就業規則がないから有給休暇などない」「うちには就業規則がないから残業代は払わない」などという会社側の主張は意味をなしません。
就業規則の作成義務があるのに作成を怠っていないか、労働基準法などの法律に反したことをしていないか、今一度ご自身が勤める会社をチェックしてみましょう。
弁護士に相談に来られる方々の事案は千差万別であり、相談を受けた弁護士には事案に応じた適格な法的助言が求められます。しかしながら、単なる法的助言の提供に終始してはいけません。依頼者の方と共に事案に向き合い、できるだけ依頼者の方の利益となる解決ができないかと真撃に取り組む姿勢がなければ、弁護士は依頼者の方から信頼を得られません。私は、そうした姿勢をもってご相談を受けた事案に取り組み、皆様方のお役に立てられますよう努力する所存であります。